語学の効能~ 愛の国のことば「フランス語」

2014.07.07 Cat:,  Tag:, ,

France- country of love
Paris france eiffel / Moyan_Brenn

 

皆さまこんにちは!ボンジュール。

今日は語学シリーズ第一弾、フランス語について。

先日私はフランス語の資格試験を受験してきました。
その試験は、フランス政府公認の資格試験で、レベル設定はヨーロッパ共通の6段階で規定されていて、私が受験したのは上から3つ目のレベル(下から4つ目のレベル)に位置する(一応)「上級」のものでした。

結果は散々なものでしたが!!・・・・
恐らく今回は残念な結果に終わると思うので、またいつか近いうちに再挑戦することになると思います。

今回試験までの約3ヶ月、集中してフランス語と向き合って改めて感じたことは・・・・やっぱりフランス語が話せるようになりたい!という新たな決意。

私とフランス語とのご縁。

初めてフランス語に接したのは大学で第二外国語として選択したときでしたが、このときは本当に不真面目極まりない態度で、勉強したとはとても言えない向き合い方でした。

その後卒業してからはまったくフランス語には縁のない日々を過ごしていたのですが、ちょうど10年くらい経過した頃、偶然フランス系の会社で秘書の仕事が決まります。

上司は日本に初めて赴任してくるというフランス人男性。業務は英語で行うというものでしたが、この仕事をきっかけに、フランス、フランス人について理解を深めようと東京日仏学院に通い始めました。

それ以降約10年間、日仏学院へは通ったり通わなかったりのマイペースではありますが、ずっとお世話になっています。その間何度かフランスへも旅行し、フランス映画やフランス文学、フレンチポップスなどの音楽、歴史、美術、ワインにチーズ、美味しい食文化についてなど・・・・フランスという国からはたくさんの興味をそそられ続け、今現在もその興味は尽きません。

そして、フランスといえば・・・・アムール(愛)。

それもフランスでは、家族や友情など、すべての愛の頂点に君臨しているように思えるのが、男女の愛。

私はフランスに長期滞在したこともなければ、フランスの本場の恋愛を体験したこともないので(?!)、あくまで外野的な視点でしかないのですが・・・・。

フランスをフランスたらんとさせているもの、美術・芸術、食文化、映画や音楽、ファッションにいたるまでこの男女の愛が原動力になっていると言ってもいいくらい、すべてに恋愛の香りがしてしまうのは、フランス文化に精通している専門家たちからも同意されるところ。

その対象がなんであれそこには男と女がいて、愛の駆け引きが演じられる会話の中に、芸術があり、食があり、文学がある。相手の瞳の中に映る自分を想像しながら、自分を演出していく過程にファッションがある。

パリのセーヌ川沿いの美しい景色や街全体に漂う空気は、恋愛のシーンにこそしっくりと馴染みます。そこにはつねに、自分がいて相手がいるという、「個 」の存在がそれぞれの距離を保ちながら存在する、そんな文化。

フランス文化に集団行動は似合わないし、フランス人てそもそもその他大勢にはまるで無関心というか、大きな影響力を持たせない点で日本とは違うと思います。

大切なのはどこまでも、いつまでも、相手と自分。

 今回の試験では、口頭試験があるのですが、この口頭試験が私たち日本で教育を受けた者にとってはかなりのハードルなんです。その内容は、与えられたトピックについて自分なりの考えをまとめ、問題提議をしながら結論を導くまでの枠組みを構成してプレゼンテーションを行うというもの。

短いプレゼンテーションの後で、試験管からいくつかの質問がされます。

この質問、俗にいう「ツッコミ」に近いもので、つまり、プレゼンの内容に対しての反対意見や疑問点を提示されるわけです。これに対してしっかり最後まで自分の主張を貫けたらポイントが与えられますが、そこで議論に負けて自分の主張があやふやになってしまったり、黙りこくってしまったりしたら減点されます。

フランス語の言語運用能力をみるというものですが、正直、それ以外の能力の方がかなり重要だと感じます。その能力とは、まさしく自分の主張と相手の主張を対の関係性で理解し、自分のポジションを貫き通すという自己主張の能力です。

 そこで考えてみました。恋愛における、「自分を貫きとおす」ことの意味を。

 日本では、いえ、世界的な一般論でも、「愛とは見返りを求めず与えること」だと言われています。そして、それはここ日本では、ともすると自分を犠牲にすることすらも厭わずに、相手のことを思い、相手の望むようにしてあげることだと理解している人は多いのではないでしょうか。まるで、相手の望むことが自分の望むことであるかのように思えることこそが愛なのだと。

ただしほとんどの場面において、自分の望むことも当然、相手は同じように理解して叶えてくれることを期待しているのでは?とも思えますが。

ところでこの、相手の望むことは自分の望むこと、逆もまた然り、の域まで行き着くには、かな~りの時間と労力を割いて自分と相手をほんとうに理解することが必要となるし、それをせずして「わかったつもり」になってしまうところに、お互いが不幸になる原因があるのかもしれない・・・・と考えてしまうのは、私が恋愛下手だからなのかもしれません。

でも、もしかしたら、フランスという国の人たちは、それを毎日、何回も議論して確認することを当然と思い、そこで簡単に自分の立場を譲ったりしないで主張し続けることで生まれてくる次の展開を恋愛の醍醐味として知っているのかもしれない、なんて思ったり。

そう、自分と相手の間にある第3のポジション、折り合い点を探し続けることこそが、2人の関係を作り上げていくという実践なのかもしれない、と。

その第3のポジションが登場するためには、確固とした2つのポジションが軸足を保って存在している必要があります。たとえあるときは感情的になったとしても、相手と真っ向からぶつかったとしても、それが愛の喪失につながるわけではないというプロセスを何度も経て、お互いを本当に信頼できるようになっていく。

ぶつかり合うことでむしろ強固なものにしていく「愛」の存在。

もちろん、その途中で愛が冷めるケースも多くあると思いますが・・・・。

だからでしょうか?パリに遊びにいったときにはよく、一見不釣り合いに見えるカップルをよく見かけました。肌の色が違う、身長差がある(女性の方が大きかったり)、年齢差がある(これも女性が年上のケースも多いらしい)、服のテイストがまったく違う・・・・・などなど。

まるで自分と似たものではない、まったく異なる存在と恋愛をすることこそがその醍醐味であると言わんばかりに。周囲が期待する、「お似合いのカップル」という定義に挑むかのように。

互いの違いをモノともせずに愛を築き上げていくこと、自分と相手という2つの個性を、うまく生かしながら2人の個性にしていくこと。そんなフランス的カップルのあり方って、素敵だなぁ、と思うに至った私のフランス語学習。

Je t'aime(ジュテーム)。
フランス語で「愛してる」という言葉には、「とっても」とか「本当に」とかを意味するような副詞はいっさいつけません。つけてしまうと、「友人として好き」という、まったく逆の意味になってしまうところもかなり興味深いです。

私のかつての上司であったフランス人男性にこのことについて尋ねたところ、「だって、愛を表現するときには、程度も理由も言う必要はないからさ。」と返されました。

ちなみにこの上司とは、それこそ何度も激しく言い争いをし、険悪な状態になりました。部下でありながら上司と議論してしまう私もまた、実はちょっぴりフランス向きなのかもしれない、なんて思う自分がいたりします。

いずれにしても、これだけ議論好きなフランス人が、愛の言葉を口にするときはシンプルそのものなんですね。

どんなに議論しあっても、愛はただそこにシンプルに存在している。
なんだかとっても粋じゃないですか?!

愛の国の言葉から愛を考察してみた夜でした❤

 

*追記です*
このあと試験の結果が届きまして・・・・なんと!合格ラインより1.5ポイント超えたというまさにギリギリ!!!のスコアで合格していました^^ 夢のDELF B2。ギリギリでもなんでも、合格だったのでと~~~っても!!!嬉しいです。




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