ベネチアの風~イタリア便り(1)~

2014.11.15 Cat: Tag:,

IMG_0531

こんにちは!
大変ご無沙汰してしまっておりまして、申し訳ありません・・・・(汗)。

現在イタリアのベネチアに生活を移してから1か月が経過いたしました。

この1か月およびそれ以前の数週間は、勤めていた会社の退職、住んでいたアパートを解約して実家への引っ越し、イタリア留学および日本を離れるうえでの準備と友人との会食、残された時間でのヨガスタジオでの練習に追われる日々。最後までバタバタして出発したあとに乗換地ウィーンで2泊の観光を楽しんだのもつかの間、ベネチアに到着してからは生活環境の大きな変化とすぐに始まった学校での勉強についていくのに大変だったこともあり、心身共にエネルギーをかなり使うひと月でした。

ここベネチアでは交通手段が水上バスのみと限られていて、はじめに滞在していたホストファミリーの家が学校からかなり遠く、迷うことで毎日片道1時間近くを徒歩で通っていたためか到着後1週間でジーンズがゆるゆるになるほど痩せました!今現在はまた元に戻ってしまっている気がしますが・・・・・。

さて、水の都と呼ばれるほかに例を見ない中世時代の面影を多く残す「Venice」に来てしまった私ですが、そもそもなぜイタリアに来たのか?!どのくらいの期間の予定で、何が目的でここにいるのか??!ここイタリアでも出会う人それぞれに聞かれることですので、これまで書いてこなかった私自身の現在について少し書いてみようと思います。

イタリアに来た理由はズバリ、生活と自分を取り囲む環境を変えて、人生の視点を変えたかったからです。

外資系の比較的恵まれた環境で仕事をさせて頂いていた自分ですが、それは私にとってはそれまでの過去約15年間の仕事に対する考え方や価値観が反映された行動と判断の結果でした。オーストラリアで1年半を過ごし帰国してからは、外資系ばかりを転々と移りながら、つねに「なぜ働くのか?」を自分と社会に問う時間だったような気がします。

10代の頃の家庭環境は金銭的に恵まれているとは言えなかったこともあり、正規留学も、大学院への進学も憧れこそしても叶わず、また結婚に対しても自然に気持ちが向かう縁がなかったですし、その後数十年にわたって夢中になれることもなかなか見いだせなかった自分にとって、働くことの意味は「生活のため」でしかなかったです。

またこれは性格なのでしょう、残業や飲み会、会社での人間関係やつきあいにまったく意味が見出せず、特にオーストラリアからの帰国後はまだ20代なのに「自分の時間を犠牲にしてまで仕事をしたくない」という拒否反応だけは強くなってしまい、肝心の何がしたいのかはモヤモヤしたまま、とにかく残業が少なくて少しでも自分が楽しめそうで意味を見出せそうな職場を見つけようと思案した結果、第一条件は外資系企業であること、だったのです。

理由は、海外が大好きで、もっと英語をブラッシュアップさせたかったですし、外国の文化や人に触れられているだけで幸せを感じられたから。そして、たいがい残業は多く要求されず、自分の時間を十分に確保したままお給料も悪くなかった。

日本で頑張っている皆さまからはお叱りを受けそうなのですが、私は本当に興味のないことや、義務にしか感じられないことに対して「頑張る」ことができないのは昔からです・・・・。

ただしこの外資系での自分にとって可能なポジションを確保するためには、それなりには努力したようには思います。主には外国人エグゼクティブに就く秘書を担当する仕事でしたが、これはこれで常に競争率の高い仕事だったりします。求められるのは英語力と人当りのよさ、そして外国人に気に入られるためのある種の教養も必要だったり。

最後の会社に社長秘書として就職するまでの10年ほどは、この考え方とやり方で十分良い経験をさせて頂いたと思っています。

が・・・・。やはり限界と疑問はつねに感じていました。この生き方でまだそれなりに上手く行ってしまっていたら、私はずっとそのままだったのかもしれません。自分がやりたいことや夢、社会に、家庭に貢献したい、しているという感覚をもてないままただ消費生活の、楽しいけれどけだるくて退屈な部分でフワフワ浮いているような日々・・・・・。

そしてやってくるんですね、魂からのお告げが。このままではいけない!という強い感覚が。

2年前に大きな失恋を経験しました。
大きな喪失感と無価値観に襲われ、すべてが無意味に思えてしまいました。
なぜ自分がこの生活をしているのか?何のために生きているのか?誰のために???と、自分に問う日々をしばらく過ごしていました。

私と同年代の女性たちは、多くが家庭を持ち、子育てに必死なときなので、こんなこと考えている暇もないですよね。
考える時間があったら悩むことは同じなのかもしれませんが。

そこからどうやって立ち直ったか?!はここでは詳しくは書きませんが、辛くてしんどい経験が、普段の生活では決して見ようとしない部分に光を当てて、何かに気付かせてくれるチャンスになるのは本当だと思います。少しずつ、少しずつ、優しい人たちの助けもあって、またヨガで得られた変化によって、毎日をただ淡々と無事に生きることに感謝できるようになるのと同時に、不思議と以前にはなかったエネルギーが自分の中から湧き上がってきました。

静かな心の声とともに。
「何がしたいの?」「どんな生活を送りたい?」「どんな人と一緒にいたい?」

そして、イタリアと出会いました。
去年初めてイタリアを訪れ、″心が温かく感じた″。

ただそれだけの理由で、イタリア滞在を決めてしまったと言ったら驚かれるかもしれませんが、それまでの出来事の流れとそこから生まれた内面の変化によって、何かが決まるときって意外に単純なことで確信がもてたりするのかもしれないです。

最初の場所としてベネチアを選んだのは、たまたま日本で通っていたイタリア語学校から授業料割引の機会を頂いた偶然からですが、なんとなく以前から縁があったような気もしています。

オーストラリア滞在中に仲良くなったイタリア人の男の子がいました。英語の語学学校で知り合いましたが、彼はベネチアの出身で、よくイタリアの話を聞かせてくれていました。語学学校が終了して別れる際には、「ベネチアに来ることがあったら必ず連絡してね!でももし誰か男の子と一緒なら、連絡しないでいいから。」なんて、かわいいことを言っていたのをずっと覚えていました。彼の連絡先はとっくにどこかに行ってしまったのですが。

あれから15年以上が経過し、こうして今ベネチアにいるのが不思議です。

表向きは(?)、ジュエリーの勉強と、イタリアのジュエリーを売るための人脈とノウハウ作りが目的になっていますが(笑)、実はそれほどこの目的に固執しているわけではありません。ここイタリアでの発見や出会いによって、考えややりたいことに変化が起こっても不思議ではないからです。

とにかくこの与えられた貴重な時間を無駄にはしないように、しっかり目を見開いて、すべての細胞を全開にして、自分の中で感じることをしっかりと見つめながら、何かを得て帰りたいと思っています。

Veniceここは500年以上前から存在する教会・家などの建物や道、井戸や標識などが町のいたるところに残っている場所です。保存・修復することを第一として、壊したり新たに加えたり変更したり、というのは最小限に抑えられてきた時間を何百年も経ている町の空気は、私が暮らしていた東京のそれとは真逆のものだと言えます。

効率よりも、貴重な町そのものをできるだけ傷つけないこと。
清潔さや快適さよりも、かつて人々が暮らしたやり方や日常を継続することで残し、伝えていくこと。
何百年も変わらない町の風景、人々の何気ない朝の会話とやりとり、コーヒーと焼き立てのブリオッシュ(中にクリームやチョコレートが入ったクロワッサン)で始まる1日の清々しさや、夕暮れ時のアペリティーボ(食前酒と軽いおつまみ)で盛り上がる小さなバーとその前に広がる運河の美しさ・・・・。

 ベネチアの風は、まだ生活が不便で不衛生でもあった頃の匂いを今も運んで、鼻先をつつきます。でもそれが世界中の人々を惹きつけてやまない魅力も含んでいるのは、他の場所では失われてしまった何かが確実に存在しているからなのだと思います。

それにしても、今日スイス人の友人と夕飯に入ったレストランはまずくて高かった!
こんな理不尽なことも含めて、イタリアなんですね。
社会やサービスが日本のように整然としていないので、自分の感覚と判断力を磨いていかなくては!と思わされます。

ベネチア便り、また次回をお楽しみに!

Me in Venice

 

 




ヨガレッスン参加申込み

 マットレンタルする マットレンタルしない

captcha

×
Conatct Form

captcha

×
Sign up form

Do you wish to rent a mat?  Yes No

captcha

×
Top